さて、――周期療法とは、中医学（漢方）の不妊治療の一種である。

西洋医学系とは、ちょっとちがったことをやるわけです。

根性なしのわたしは、結果がでないうちに通院・投薬を中断してしまったのだが、もしかすると、周期療法をはじめるまでは最悪に妊娠にむかない状態だったものが、中医学の力によって、すこしはマシな状態になっていた、ということもあるかもしれない。なので、ここにご紹介します。

もちろん、これは、たまたまわたしが出会ったお薬屋さんとお医者さんの場合であって、すべての周期療法がこうだということではありません。ひとつの例として、参考にしてみていただければ幸いです。

　とある月刊誌を読んでいて、ふと、手がとまった。中医学（漢方）の「周期療法」というやつについての記事が載っていたのだ。

　女性のからだの中では、生理の周期ごとに活発に出てるホルモンの種類に違いがある。生理出血中から排卵を含む卵胞期にかけてはエストロゲン（いわゆる女性ホルモン）が活発であり、黄体期にはこれがひっこんで、かわりにプロゲステロン（黄体ホルモン）ってやつがさかんに分泌される。これにともなって、いわゆる基礎体温があがったりさがったりする。

　ここまでは知ってた。まぁある程度年齢がいった女性なら誰もがなんとなくは知っていると思う。正確に名称を覚えていないまでも。

　知らなかったのは、「周期療法」だ。

　中医学は、上のホルモン変化のそれぞれの段階に注目して、もし不具合があるとしたら、どのステージに問題があるのか、どのホルモンの働きが弱いのか、などなどに対応する、というのである。

　周期が整えば、基礎体温表が「理想的な」きれいなかたちを描くようになる。それは産婦人科系の臓器やホルモンが「より正常な」働きかたをしはじめたことの裏付けになる。病気というほどではないが慢性的な不調に陥ることによる婦人科系の疾病に対して、この療法はなかなか有効であるらしい。不妊症に悩んではじめてたった二カ月で赤ちゃんに恵まれたひとがいるらしいし、つらい更年期障害が軽減されたひともいる。なんといっても、からだが楽に、本来そうであるべき状態になるため、顔色は明るくなり肌がきれいになり、元気で若々しく女性らしくなるというのだ！

　おお。

　これなら、問題のあるらしい子宮に関して、ピンポイントで攻撃？することができる。

　そんな素晴らしい恩恵を受けられる場所が、どこか近くにあるだろうか？

　大急ぎで、雑誌に番号の記載のあった相談センターに、電話をかけてみた。

「はい、もしもし」

　やわらかく、あたたかな女性の声がした。

　ひとがおそるおそる相談しているのに、ろくに事情も聞かずに「やめろ」「あきらめろ」「迷惑だ」といいはなったどっかのあのバカ医者とは大違いの声だった。

「あの、雑誌を見てお電話してみたんですけど、周期療法というもののことについて、教えてほしいんですが」

　知りたかったことを質問し、答えてもらって、メモをとって、ふと気がつくとわたしは半ば涙ぐみながらずいぶんと細かなことまでなんだかんだ打ち明けて喋ってしまっていた。

　応対してくれたひとが、それを許してくれたからである。

　それはそれは親身になって聞いてくれ、ナイスな相槌をうってくれた。強がってはいたが実はこわくて、すがれるものは藁にでもすがりたかったわたしの気分に、実にぴったりくるタイミングで、いっしょに憤ったり、喜んだりしてくれた。

　医療関係者たるもの、こうでなくてはならんと思う。

　まずは、腰を据えてじっくり話を聞かなければ、ひとはなかなかほんとうに言いたいことまでは口にしないからである。

　そして、ほんとうに言いたかったことを素直に言わせてくれた相手を、ひとは、本気で信用する。

　たまさかこのとき電話に出てくれたこの名前を存じあげないかたがこうでなかったら、わたしは中医学というものを信じてみようと思わなかったかもしれない。西洋医学にはないアプローチができるものだと思わなかったかもしれない。

　そこで紹介されたのが、同仁堂薬局さんであった。

　　亭主の東京の実家の比較的近くであり、わたしも何度も行ったことがあるあの池袋の西武デパートの7階に、同仁堂薬局という日本有数にりっぱな中医学系の薬局さんがあり、毎週木曜日には中国人の女性のお医者さま包先生（日本語ではなしてくださいます）が一日じゅう待機していて悩める患者さんがたの相談にあたっておられたのである。

　さっそく予約を入れてもらい、スワとばかりに出かけていった。

　かねてからばっちりしっかり何年もかきこんであった、基礎体温表を持って。

　なにしろ、何度も行ったことのあるデパートの一角だ。知らない場所にいくより抵抗が少ない。しかも予約制なので、待たされる心配もない。

　担当してくださった包先生がまた、かみさまのようなかたなのであった。その風貌を目にしたとたんに、ホッとして息をするのが楽になるような。お声を聞いているだけで、血のめぐりがよくなるような（笑）。

　まず、舌を出して見せる。すると、いろんな舌のカラー写真がのっているパネルをみせてもらい、舌がこういう状態になっている時はからだがこうなのよという説明をうけた。基礎体温表をみせて、どこがどうなったほうがいいかを説明していただいた。生活パターンとか、食事とか、生理の時にどうだとか、他にどんな病気にかかりやすいか（こんな時風邪をひきやすい、とか）、肌の状態がどうだとか、そんなこんないろいろしゃべっているうちに、アッという間に約束の３０分がたってしまった。

　そこで、クスリをいろいろ処方していただいて、買ってかえることになる。

もちろんどのクスリがどういう役目を果たしてどんな効果を期待することができるか、ひとつひとつ説明をうけますです。おもしろいのは、「周期療法」というぐらいで、基礎体温を参考にしながら「どの周期の時には」どのクスリを飲むかが、変化していくということ。生理中はこれとこれ、生理がおわったらこれはこれにチェンジ、排卵日の頃はこうで、温度があがってきたらこう……みたいな。そりゃあこまかく、変えていく。ずーっと飲むやつがあるばあいもあるし、ごく一時期しかのまないやつもある。最初、ちびっと混乱しますが、ちゃんと表にかいて、この゛時はこう！　と指さし確認しながら飲むのには、まぁ、すぐになれます。

　中には、液体のクスリで、お湯にとかして、ほとんどお茶みたいにしてのむものとかもあるんだけど、中医学というのにはそういう傾向があるらしいけど、からだにあっているものを飲むと、とても「おいしい」です。

逆にいうと、必要なくなると、あんまりおいしくなくなるらしい。

　不妊を解決するためには、そりゃあもちろん子宮や卵巣の状態を整えていく必要があるんだけど、中医学は人間をあまり部品にわけないっすね。臓器だけをピンポイント攻撃をしない。精神状態までふくめて、あくまで、全身を整え、のぞましい方向にもっていくための働きかけをするのだ。

　　でもって

　　確かに買っていくのはクスリなわけだが、中医学がもたらしてくれるものは、けっしてクスリばかりではない。食事や着衣、お風呂のはいりかたや、就寝の時のことなど、なにげない生活習慣などなどがからだの好不調を左右することについて、いろいろと教わって、学んで、かえてみることができるのよ〜。熱心な生徒であればあるほど、生活全般をみなおすことになるでしょう。こういうのは、どちらかというと即効性はないかもしれない。今日やったことが一カ月後に反映されたりする。そのかわり、いったんききはじめるとじわーんときく。でっかい船が、進路をかえるときみたいなものだ。そうかんたんにはかわらない。だが、かえなければぜったいにかわらない。

陰陽五行、ものごとはみんなつながっていて、悪習をいっこやめると、まるで思ってもみなかったところが、ゆっくりとだが確実に大きく、変化したりするのだった。

　それと……

　中医学のいいところは、はじめにもチラッといったけど、けっして「不妊」にだけきくわけではないことだ。

　体調不良をととのえると、まず、肌にきく。これははやい。そして見た目ですぐわかる。ボロボロだったお肌が、いつのまにかなんだかツルンときれいになる。シワもシミもクスミもタルミも、なんだかよくなってしまうのだ。

すると、オンナは元気になる。なんだかちょびっと若返ったような気になり、実際「なんかこのごろキレイになったんじゃない？」なんていわれるようになったりしないともかぎらないのである。

　もしかして、どうしてもどうしてもどうしても妊娠できなかったとしても、元気になって若返ってキレイになれたら、めっけもんじゃないすか？　「いろいろがんばったけどぜんぶが無駄」ってガックリしなくていい、と思いません？

　忘れないのはこんなエピソードだ。

　わたしはかなりのスモーカーだった。ママごめん。吸ってました。それもたくさん。

  マイルドセブンの弱いほうから何番目かのやつを、だが、日にざっと二箱はぱかぱか吸っていたと思う。それは最初にあったとたんにバレたし（顔をみるとわかるらしい）、ベロをだしてみせたとたんに確信されたし、基礎体温表にもきっちり影響してしまっていたらしい。

　包先生は、禁煙しろとか、節煙しろとか、たばこをやめないならこんなところに来ても無駄ではないかとか、そういうことは、ただの一言もおっしゃらなかった。わたしを叱るようなこと、わたしに罪悪感や自己嫌悪を抱かせるようなことは、ほんとうに、まったくぜんぜん、たったの一言もおっしゃらなかった。しかも医者のいうことを聞け！　聞かぬかこのバカ！　みたいな態度は、これまた、ただの一度も、まるでぜんぜんおとりにならなかった。

「長年のともだちなんですね、たばこは」と、やさしく、しみじみ、おっしゃったのだ。「たくさんいっしょに修羅場くぐってきた、大事な、仲良しの、ともだちね。ほんとはあんまりいいともだちじゃないこと、波多野さん、ご自分でもわかってるでしょう。このともだち、悪いこといろいろするからね。けど、でも、いきなり手は切れない。サヨナラできない。長いこと、たくさんたくさん、いつも助けてくれたから」

　ううう、泣ける。思い出して書いていても泣けちゃうよー！

　これは効いた。ききました。

　ニコチンの害毒についての学問的研究とか、タールで真っ黒になった肺の画像とか、「いまどきまだタバコ吸ってるなんてバカだろ」「禁煙できないなんて、おまえ、意志が弱いんじゃないか？」などなどの他人の言辞などのどれひとつとしてわたしの心には響かなかったが、この包先生のおことばは、やさしい雨のようにじわじわとしみていって底まで届いた。

　包先生が「やめろ」と言わなかったからこそ、わたしは自分で「あんな優しい先生が心配してくださっているのに、せっかくいっしょうけんめい考えてわたしのために処方してくださっているのに、そのおクスリと、じゃまになる毒とを、いっしょにとっているのって、バカみたいだなぁ。だいいち、先生に失礼だよなぁ」と思うようになった。

 　わたしは包先生をすっかり好きになってしまったので、この先生に、自分のベロなり基礎体温表なりをみせたときに「わぁ、いよいよ効きましたね！　ずいぶんよくなりましたね！」と、喜んでにっこり笑ってもらえるような、そんなよい患者、診察しがいのある患者のわたしになりたくなってしまった。

　で、スッパリとタバコをやめ禁煙をした。

（包先生にあったとたんではない。たしか、ここのクスリをのみはじめてから半年ぐらいはまだグズグズやめられずにいた思う）

　それが、ある日とつぜん「やめた」と思ったら、やめられたのがわれながら不思議であった。「ちょっと吸いたい」とか「一服だけ」とか、そーゆーことは一度もなく、たっぷり十三カ月間ほどそれはつづいた。

　そう、永遠ではなく……。

　包先生にはほんまに申し訳ないのだが、禁煙をやぶってしまった。すると、通うのも気がすすまなくなり（なにしろベロをみられたら、いっぱつでバレてしまう）すると、予約をとるのが億劫[おっくう]になり、そういえば中医学のクスリって、けっこう高いよなぁ、と思えようになり、

包先生に会あわせる顔がなくなってしましまった。

　いけば基礎体温表を見せねばならず、今月もまた順調に美しい理想的なグラフを描いてそれが推移し、なのに、みごとにきっちりと予定範囲内に生理が来てしまったことを、見てもらわねばならない。

　なかなか妊娠できないわたし、をつきつけることになる。

　それは「期待を裏切ること」のような気がした。

　なまじ包先生を好きであればあるほど、優しくしてもらえばもらうほど、なかなか妊娠しないこと、治療の成果が出せないことが、どんどんつらくなってしまったのだった。

　自分が「悪い生徒」に「ダメな患者に」なったような気がして、ものすごくイラつくのである。

　がっかりさせてしまうぐらいなら近づかないほうがいいような気がしてしまうのだ。

　この頃、わたしはあきらかに「うつ」だった。

　ほんとは、いくら医は仁術だといっても同仁堂さんはしっかりクスリの代金を受けとっているわけで、営利企業なのである。包先生もその薬局に勤めておられるのであって、いわばサービス業だ。患者のほうが、へんに気をつかう必要なんかないのである。

　そもそも、イヤミなことを言えば、あんまりとっととすっきり治ってしまったのではクスリが売れない。ほどほどに快癒に向かいつつ、だが、ゆっくり時間かけて治っていくのがもっともいい患者なのだ。なかなか結果が出なくても、ジレずにちゃんと通って、まじめにクスリをのみ続けるべきなのだった。

　そんなことはわかっている。

　わかっていた。

　だが「うつ」の人間はとにかく、ひとにあうのがコワイのである。自分にやさしくしてくれるひとであればあるほど、コワイのである。さらに、そのひとにあうのに予約がいったり、お金がいったり（交通費も、おクスリの代金もふくめて）すると、「自分のようなものにそんなぜいたくをする価値があるだろうか？」みたいな気になってきて、どんどんヒケメに感じてしまって、動けなくなるのである。

　かくて、いつやめたとはっきりしたわけでもなく、なんとなくズルズルと、なしくずし的にいかなくなってしまったのだが……

　その後。

　ずっと後。

　アッと驚く妊娠の時にはまだ連絡しなかったが、無事に出産できた時には、報告した。包先生にFAXを出したら、わたしのことを覚えていてくださって、留守番電話に（せっかくかけてくださったときにわたしがいなかったので）ほんとによかったですねぇ、とあたたかなおことばをいただくことができた。

　こんど、ムシュメしゃんを抱っこして、ぜひとも、包先生にあいにいきたいと思っている。

　あの時のわたしと同じような不安や絶望をかかえて包先生や、その他の中医学の先生のもとにいくひとたちもあることだろう。そのひとたちにいいたい。

「わたしだって、サボってばかり、疑問に思ってばかりのあまり良い患者さんじゃなかったけど、ちゃんと赤ちゃんうんだよ。しかも、４５歳でよ！　そういうことだってあるんだから、あせらないで、あわてないで、自分を責めないで。あなたにはあなたの運命がある。あなたに準備ができるまで、赤ちゃんも、わくわくまっているかもしれないよ。きっとだいじょうぶ　！」