過去の自分の本にまずいことを書いてしまった件について


山本弘さんの「ニセ科学を10倍楽しむ本」ちくま文庫版を、
書店で見つけて、たのしく読みました。

わかりやすく、客観的に、冷静に、たのしく、
どの話のどこがなぜおかしいのか、
どういう点が理屈にあってないのか、
個々に具体的にかいてあって、とてもためになりました。
バクゼンと「?」と思っていたことが
たくさん明解になりました。

「世の中にはへんなことを信じてしまうひとがいるもんだなあ」と
他人ごとのように思っていたのですが、
最後の最後にきて、
ここまでいろいろかいてきたニセ科学と同じような種類のものが
ほかにも、まだまだ、たくさんあるし、どんどんできる、
たとえば……と例をいろいろ羅列してあった中に
オーリングテストが出てきて「ぎゃふん」となりました。 

すみません。

信じてました。

心から信頼しているかたから、聞いて知ったものであったこと、
自分で別の場所で「第三者と」やってみても、
「こうなるはずだ」と思うとおりのことが起きたことから、
信じてしまいました。

これはすごい、
おもしろい、
役に立つことだな! と思っていました。

山本さんの本で注意喚起をされて、
いろいろ調べてみて、考えをかえました。

おそらく、なのですが、
 「暗示」のちからというか、
 「信じたいものを信じていられるように」
しらずしらずのうちに、自分で自分を騙してしまっていたのだと思います。
「無意識」が関与して、偏向してしまったのだろうと思います。

「信じたいことを信じる」道具として、
うまく機能してしまうものなのだろう、と理解した、ということです。

これらのことに、今回気付くまで、
長らく、まったく、疑問をもっていなかったため、
過去の自分の本にまずいことを書いてしまいました。

ポプラ社から1995年にだした私の本
『書いてみよう! たった一度の人生を賢くすごす武器』
(10台の教養図書館シリーズの 24)の冒頭に、それがあります。
指をOKサインのかたちにして、
ポジティブなことばとネガティブなことばを発してみよう、
どちらが「力をだしやすいか」差があるはずだ、というようなことがらを
書いてしまいました。

オーリングという言葉はつかっていませんが、
これはまさにオーリングテストそのものです。
このようなかたちで使ったことは、
ニセ科学をニセでないものであるかのように扱ってしまったことであり、
正しくない知識をひろめてしまったことにほかなりません。
申し訳ありませんでした。

若いひとが読むことを前提とした本に、
こんな不確かなことを平然と書いてしまって、恥ずかしく思います。
ほんとうにすみませんでした。

「まずいものである」という意識がなかったため、
ほかのところでも、平気でひろめていたことがあると思います。
たとえば、高校生のための文化講演会などでも。

まったく悪意はなかったとはいえ、不見識で、不適切でした。

わたしのせいで、この存在を知って、
信じてしまったひともあるかと思います。

まことに、無責任で、はた迷惑なやつでした。
ほんとうに、申し訳ありませんでした。


☆ 


魔法や神秘や不思議なものは、いまでも大好きです。
フィクションでは、そういうものをこれからも書いていくと思います。

占いや、おみくじ、おまじない、パワーストーンなども、
楽しみつづけると思います。

ただ、きちんと、区別はつけなくてはいけないと思います。


おろかなことをしないように、できるだけ、気をつけます。

ご迷惑をおかけしてして、
ほんとうに申し訳ありませんでした。

どうか、おゆるしくださいますよう、お願いいたします。


2016年7月17日