わん4にゃん3その他おおぜい

 

 

 あなたの傍らで、

    あなたの犬がいかにも幸福そうにしているとするならば

   あなたは幸福である

   

 

 

プロローグ 軽井沢動物園

 

……一九九三年、夏。

 地震だの津波だの台風だのが日本じゅうで暴れ回っていた頃、長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉地区(つまりウチの近所)は、捨て犬捨て猫の大当たりでした。

 梅雨が明けたんだか明けないんだかよくわからないあの時期(結局、今年は梅雨明けがなかった、なんてとんでもないことにもなりましたね)から、空が秋の色になって風が涼しくなる季節までに、ウチでは、なんと、3匹ものミナシゴを新たに引き取ることになってしまったのでした。

 はじめがルーイ。雄のわんこ、一歳。

 次がチコちゃん。雌のにゃんこ、3ヵ月。

 そして、最後が……いや、おそらく最後だと思えるのは……ううう、いくらなんでも夏はもう終わりだ、もうこれ以上は捨て子はないだろう! ないんじゃないかな、ないといいなぁ……メイちゃん。雌のわんこ、3ケ月から4ケ月。

 前から家にいた奴らを加えると、これで、わんこが4匹、にゃんこは3匹という大家族になってしまいました。

 アタシはウチのことを、時々、『犬猫のジョン・グリーア院』と呼びます。本家は、『あしながおじさん』の冒頭で、ジュディにコテンコテンに貶されるところの孤児院の名前です。

 

 最初に、ウチという奴を説明しておきましょう。

 アタシは三十四歳で、その昔、読んじゃいけない買っちゃいけないとおかあさんたちに目のカタキにされていた『小説ジュニア』といういかがわしい雑誌でデビューし、『コバルト』というさらにいかがわしい分野で足場を固め、天下の大ゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズの四番めからのノベライズで口を糊する、八十冊近くも著作のある割にはオトナの方々には全くと言っていいほど知名度のない小説書きです。

 ウチの旦那さんは二十五歳、トシの割には老けた髭男で、波多野鷹と言うペンネームでやはり小説を書いています。ただし、彼の場合、小説家としてよりも、フツーでない動物をたくさん飼ってる変なヒトとして、限定的に有名だったりします。

 特に詳しいのは(そのためにテレビの深夜番組に呼ばれたりしてしまうのは)オオトカゲ類、学名にValanusのくっつくタグイの、恐龍のコドモみたいな奴らです。最近流行ってる分野ですが、彼は、すでに、十年以上の実績を持っております。

 ちなみに、狂暴で有名なコモドオオトカゲは和名では紛らわしいことにオオトカゲというものの、学名はComodo Dragon(地球上に現存する動物の中では、唯一、ドラゴンの名を正式に有する生き物です)、キチンとした動物園か学術研究施設にでなきゃ飼わせてくれないとっても貴重な種ですから、もちろん、ウチにはおりません。ウチにいるのは、ベンガルオオトカゲとかサバンナオオトカゲとかキイロオオトカゲとかといった、うーんと大きくなっても頭尾長百六十センチ程度(とすると、爬虫類のバランスから言って、頭は、普通のネコより大きくはなりえない)の奴らです。人間の住居とは少し離れたところに建てたプレハブに厳重に隔離されております。

 可愛がっていると言っても、抱っこしたりオンブしたりしてスキンシップにはげむようなやりかたは彼はしません。それぞれの生態にあわせた環境で暮らさせて、ただ、時々観察させてもらう……といった、動物園的な飼いかたをしています。

 この一群に、このところ、鳥いろいろが加わりました。

 彼は、去年から、放鷹術、つまり、日本古来の伝統的鷹狩り技術の修得に熱意を燃やしはじめたのです。先輩の鷹匠のひとが人工繁殖したオオタカと、その食糧であり訓練道具であるキジ、ウズラ、コジュケイ、ヒヨコ、アオクビアヒルまたの名をアイガモ、等なども飼育管理するようになりました。ちょっとした理由で飼いだしたらどんどん増えてしまったセキセイインコもいますが、これは餌用ではありません。

 鶏も飼っています。彼はアトピーで、症状がひどくなった時にでかけた皮膚科のお医者さまに、インスタント食品は食べるな、乳製品や卵なども、できるだけ自然に近い、添加物の少ない、お高い奴を摂取するようにと言われてしまいました。で、農協から鶏のヒナ(つまりヒヨコの少し大きくなった奴)を買ってきて、庭に放し飼いにして、新鮮なウミタテ卵を食べるようにしております。最初はオンドリもいて、有精卵にしようと思っていたのですが、一日じゅうトキの声をあげてとてもうるさく、すぐに絞めて食べてしまいました。すると、夏だけ、敷地内の別荘においでになるところの彼のおじいちゃん(波多野完治といいます。もうすぐ九十歳です)が、「オンドリがいないのは寂しいねぇ」と言うのです。メンドリたちは、しょっちゅうパンや野菜クズなどをくれる優しいおじいちゃんにすっかり懐いちゃっていたわけです。しょうがないから、来年ももう一度、オンドリを一羽手にいれるかねぇ? と言ってたら、お向かいの住友不動産の管理人さんが、チャボの雄を二羽、分けてくださいました。一羽はすぐに、キツネか野良ネコに取られてしまったのですが、もう一羽はとても元気です。トキの声も、からだの小さい分、鶏ほど暴力的ではありません。でも、チャボとニワトリでは有精卵はできないみたいです。無精卵でも、とても美味しいです。

 余談ですが、アトピーで荒れがちのお肌には、マリー・クワントのバス・ソルトがいいみたいです。特にローズ(他に、シーとミントがあります)。

 その他、軽井沢動物園に……いや、このウチにいる奴としては、

@ エメラルド・グリーン・スネーク

 キレイでおとなしい樹上性のヘビです。とある爬虫類ブティックでみかけて以来、アタシの憧れだったのですが、お安い軽自動車一台分ぐらいもする高価なヤツでねー。とても無理だと思っていたら、ある時、別のペット・ショップで、弱ってへろへろになってるのを超安売りしていたの。もしかしたら、すぐに死んじゃうかもしれないねと言いながら、連れてかえってきたら……すっかり元気になりました。

 波多野は、こういう、『マトモには売物にならない』ような類の奴を見ると、ついその気になってしまいます。なんとかして健康を取り戻してやりたいという思いと、いろいろ手をつくして、それでも死んでしまったとしても、それで勉強になる、次に同じようなのを飼う時にその経験が役にたつ、という思いがあるみたいです。獣医さんもペット・ショップも、爬虫類の体格異常や疾病治療に関してはあまりノウ・ハウがたまってませんからね。飼っていた蜥蝪とかが具合悪くなると、彼は独自の理論の蓄積から(獣医さんに相談して)薬を処方し、メスや注射を振るい、ついに死んでしまった時には、解剖してできるかぎりのことを知ろうとします。

 実はこいつは長野県の条令で、一定の条件を満たさないと飼ってはいけない類に指定されています。毒もないし、危険性も、咬癖のある犬よりよほど少ない奴なんですけどねぇ。そんで、指定されてる種類以外にも、実はヤバい種類がいくらでもあるらしいんですが……条令を作ったひとがあんまり爬虫類に詳しくなかったんでしょうね。整えるべきだという条件も、そのまま実行すると、間違いなく蛇が死ぬようなソレになっているそうです(逃すまいとするあまりに、気密性が高すぎてムレてしまうのです)。そのへんを説明して、ご理解をいただき、生態に適性なケージを整え、県の係のひとに見にきてもらって、おスミツキを頂いてあります。

A セキセイインコ、十羽以上。

 先のエメラルド・グリーン・スネークが鳥を食べる種類のヘビだということで、インコのブリーダーのおばあちゃまを電話帳でさがし、病気で弱ってるのは困るけど、いじめられっこで羽根がミジメとかで売物にならないだったら欲しいんだけど、と言って格安で分けてもらってきたのですが(ヘビに食べさせるためだ、なんて言いませんよ。温室に放して飛ばしたらキレイだろうと思うんですよ、とか言ったハズ。ウチには蜥蝪用に整え中の温室が実際にあります。嘘はついていない) なんと、もともと人工繁殖個体であるところのウチのビヘ子は、可愛いセキセイインコたちに見向きもしないのです!  で、ゆとりのあるケージでたっぷり御飯食べさせて飼っていたら、いやはや、増える増える! どんどん増えて、すっかり世代交替して、いまいる子たちは、みんな、充分に売物になりそうなぐらいキレイなのばっかりです。あんまり増えすぎたので、一度、友達のおかあさんにもらってもらいましたが……まだ増え続けています。

 いずれ、温室が完成したら(ガワタはできているが、中のセッティングを旦那がひとりでコツコツやっているので、いつできるか、まったく不明)ほんとに飛ばしてやるはずです。オモテに逃すと、ヒガラ・コガラ・シジュウカラ・アカゲラ・クマゲラなどなどの軽井沢の野鳥のみなさんに迷惑なので。まだしばらくはペンディングです。

B ヒョウモンリクガメ

 アタシたちが結婚した時に、彼の友人が、甲羅に鶴のミズヒキをかけて、ツルカメにしてプレゼントしてくれたのが最初の一匹。

 そいつのお嫁さん用にと買ってきてみたのが、オスだったので、さらにもう一匹足して、いま、三匹います。夏の昼間は、カコイをして庭でタンポポとかオオバコとか食べさせながら日光浴させます。冬は、ダイコンの皮だの、キャベツの芯だのをモリモリ食べて、どんとん大きくなりました。最終的には、甲羅の縦が六十センチくらいのサイズになっちゃうそうで、そうなったら、パンパースちゃんでもさせて、そこらを這わせておく他ないかもしれない。草食性の、おとなしいカメちゃんたちです。

C ジュウサンボンセンヂリス

 トカゲだのヘビだのの多いとあるペットショップで、あたしがふと見つけてしまったヌイグルミタイプの可愛いリスちゃんたち。穴居性なので、鳥篭に自作の木工箱を細工した七LDKくらいの豪邸の奥の奥に住んでいます。おかげで、年に一度の大掃除の時以外、ちっとも見ることができません。

D テラトスキンク

 目玉のくるくるしたミニサイズのトカゲです。砂漠に住む奴で、手足がリカちゃん人形みたいです。これも、あたしが、可愛いので欲しくなって買ってしまったもの。はじめ三匹いて、『ジャンプ』と『花』と『夢』だったのに……花ちゃん一匹が生き残っております。サイズからいって、あまり長生きしそうにないタイプなので、なんとか子供をとりたかったのですが、難しいみたいです。

E 謎の北米産スネーク

 砂色の地上性のヘビです。はい、スミマセン。アタシが、「この子きれいー♪」と言って買ってしまったのです。サイズはいちばん太いところで、アタシの足の親指くらい。いっこーに苦にならない、物静かな奴です。

F ハツカネズミ

 オオトカゲその他の餌用です。二百匹前後います。ご家族で暮らしてるのと、男の子ばっかで暮らしてるのと、何箱かに分れています。自分ちで飼って管理していれば、たとえば、生まれたてのピンクマウスと呼ばれる小さな小さなサイズのが欲しい時でも、いつでも新鮮なヤツが手に入りますからね。

 

 ま、このぐらいでしょうか。

 この数多の生物が、

1 人間の住んでる部分(半地下一階地上二階だて)

2 オオトカゲのプレハブ

3 水槽室(人間の家にくっついてる)

4 温室(同上。建物はできてるけど、中身は未完成)

5 庭に展開する小屋いろいろ(鷹小屋、鳩小屋、アヒル小屋など。すべて手製)

6 建築中の家 (アタシの仕事場。動物を入れるつもりはない)

 に分散して(6に関しては、分散するはずで)暮らしているわけです。

 さらに、周囲には野生の連中もいます。寒いうちは野鳥とリスたちが餌台に集ってきますし、玄関横の野良猫さん用のごはん皿にはキツネさんやタヌキさんも出没しているみたいです。熊のウンチを近所で発見したこともあります。散歩にでかける沢筋にはカモシカさんも出ます。ヒミズ(モグラの小型みたいなやつ)も出ます。虫も、もちろん、たーくさんいます。

 ……だいたい、こんな感じ。

 あっ、いけない。

 人間に一番近いところには、猫2と犬2が暮らしていました。四匹すべて、拾われっ子です。エニシさまに結びつけられてしまった子たちです。

 ほんと言ってね、ペット・ショップとか行くたびに、売られてる超可愛いワンコとかニャンコとかに惹かれないわけじゃないのよ。でも、全部つれかえってくるわけにはいかないし。

 夫婦が両方自由業。お互いの仕事のスケジュールをやりくりすれば、たとえば半年とか、せいぜい一ケ月とかでも、旅行に出かけられるじゃない? 実際結婚する前に、彼はイギリス全土をレンタカーで旅して回ったことがあって、アタシもきっと、今度は一緒に連れてってもらえるに違いない、行きたいなぁと思っていたわけです。当時はオバサン猫マーロゥが一匹しかいなかったし、この子なら、目白の彼の実家のご両親に預けてってもなんとかなる。だから、蜥蝪どもの餌やりだけ、誰かに頼めば出かけられると……そう思っていたのに。

 拾ってしまったんです。チャイ&プーの兄妹犬。そうして、その直後に、障害猫のダイスケってのがやってきて……マミーちゃんって年寄り犬がきて、すったもんだの揚げ句こいつはすぐに死んでしまうんですが……ふと気がつくと、ふたり揃っての旅行なんて夢のまた夢状態になってしまっていた。

 たださえ、そうなのに。

 

 さぁ。長い前置でしたが。

 もう一度、話を、今年の夏、ってとこに戻らせてください。

 そう。今年はまた一段と。特に。

 捨て犬、捨て猫の豊作の年だったのです……。