もう、“不妊”は卒業しませんか?

 

 

 

“不妊”から脱出する方法は2つあります。
ひとつはもちろん、妊娠出産すること。
もうひとつはいまの状態をうけいれることです。
 

 

もくじ

 

 

 

うけいれる? 冗談じゃない! 

なんとかして赤ちゃんが欲しいから、こんなに、こんなに苦しんでいるのに!!

  

でも、あえて、申します。

 

わざと赤ちゃんをつくらない夫婦もあります。

できないならできなくてかまわないと自然にまかせるひともあります。
好きなひとがいても結婚しない、いっしょに家庭をもたないという選択をするひともあります。

これらは、生きかたの問題です。

 

“不妊”は自分がつけたレッテル。

自分でつけたものだから、はずしたければ、自分で、はずせる。

 

 

いったんでいいんです。

ずっとじゃなくて。とりあえず、ちょっとで。

 

 

 

受容、してみませんか。

 

 

 

赤ちゃんのいない、いまを。

それもまた、かけがえのない……過ぎてしまえば二度とこない……いま、です。

その「いま」は、あなたに必要なものなのかもしれない。

秋植えの球根に冬の寒さと何カ月かの時間が必要なように。

 

 

 

ひとはみな、時間の河に浮かんでいます。

流されていいんです。流されるしかないんです。

こんなに強い激しい流れなのですから。

がむしゃらに逆らうのをやめて、

流れていくのをたのしんでみませんか?

ふうっと息をはいて、からだのちからをぬいて。

空をながめてみましょう。

 

 

 

 

 

遠くをみると、うごいているのが、わかる。

 

 

 

 

 

あなたも流れている。

雲もながれている。

すべては少しずつ変わっている。

 

 

 

 

 

 

あなたはちいさい。

 

 

 

 

 

 

ちいさいねぇ!

 

 

 

 

 

そんなにちいさいのに、

ずっとずっと、歯をくいしばってがんばってきたんだ。

 

 

 

 

えらい。

 

でも

 

……ちょっと、やすまない?

 

 

 

 

 

 

 

 

リキむのをやめ、もがくのをやめ、抵抗するのをやめ、

リラックス。

 

 

流されてみる。

流れに身をまかせてみる。

ウケミになる。

 

 

 

あるがままの自分をうけいれる。

 

 

 

……なんと……!

そのとたんに、

ずっと願っていたとおりの幸運に恵まれるかも!

 

「“不妊”治療をやめたとたんに妊娠した!」事例の多さはあなたもご存じでしょう?

 

 

 

“不妊”にとらわれすぎていること、

そのものが

あなたの“不妊”をこじらせている、かもしれません。

特に

原因不明の“不妊”の場合。

 

 

 

 

 

 

受容が苦手なタイプ?

 

受容、つまり、「ウケミ」になることがとても苦手なかたは、そうでないかたがたよりも、妊娠しにくい 傾向があるのではないかと、わたしは疑っています。

原因不明の不妊をなんとかしようと、長年苦労をなさり、不安や悩みをかかえておられるかたがたに、数多く出会い、それぞれのかたにお話(治療の経過や、ふだんの暮らしぶり、気になることなどなど)をうかがってみて、そう思うようになっりました。

そういうかたがたには、共通の性質や性格、ものの考えかたが感じられました

(もちろんすべてのかたがそうだというのではありません)

また、わかりやすくするため、極端に誇張しています)

こんな感じ。

 

 

知的で、責任感が強く、努力家、勉強家。

ひとまかせにするのがきらい。

誰かのイイナリになるなんてもっての外。

人生に対して「攻めの姿勢」つまり「能動的」で、オトコマサリ。

フェアで、正しいことが好き。男女平等は最低条件。

家族も、旦那さんも、親友も、そういう彼女を愛している。

だから、家でも、早熟で利発な自慢のこどもだった。

夫婦は基本的に立場が対等で、とてもなかよし。

 

“不妊”のことさえなければ、かなり幸福。

 


つまり、貪欲に「自分らしさ」を貫いてきたかたがたなのです。

 

このかたがたはこの日本の現代社会では、はえぬきのエリートです。「当然できていいはずの赤ちゃんが何故かできない」という事態に直面するまでは、「なんでも自分の思い通りにしてきた」。「ほとんどの問題をクリアしてきた」「実力で勝ち上がり、勝ち抜いてきた」。とてもめぐまれた、「勝ち組」のかたがたなんです。

だから「マサカ、望みがかなわないなんて!」「ふつうにあたりまえなことなのに、この自分にできないことがあるなんて!」とショックをうけてしまった。

たかが(すみません)不妊なのですが、このひとたちにとってはそれ以上に深刻です。「もしかして自分は間違っていた?」「こんな生きかたはダメだったの?」と、これまでの人生の全否定のようにすら、受け止めてしまいがちなのです。ですから、ものすごくストレスになります。


このようなかたがたにとって「ウケミになる」「スキをつくる」「自分にとって異物であるものを、まったくなんの抵抗もせずに受け入れる、歓迎する」ことは、ご本人が考える以上に難しい、ハードルの高いことがらであるのかもしれません。なにしろ、これまでの一生かけてコツコツ築いてきた自分、それそのものが、いわば「ハードル」なので。

 

とあるサイトの掲示板でわたしが「受容」のたいせつさなどについて、

ちょっとお話ししてみたところ、

とあるかたが、おっしゃいました。

 

40年間の人生の否定ですね」……と。

 

ことばの重みに、すぐにはお返事ができませんでした。

 

 

こう言われたかたも、(メールなどでしか存じあげないので誤解かもしれませんが)

たぶん、上で指摘したような傾向の強いかただと思います。

不快な気持ちにさせてしまってほんとうに申し訳なかったです。

でも、

そこで、へこまないで。

扉を閉ざしてしまわないで。

「否定」だからこそ、「再チャレンジ」の余地がある。

ここからまた新しい自分の可能性がひらけていくんだ!

そんなふうに、考えていだたけたら、と思います。

でもね。なにしろ

卵子が精子をうけとって受精卵になる現象は「ウケミ」そのもの。

もともと「そうかんたんには妊娠しないよう、させられないよう、防御をかため、がっちりブロックしている」からだ(生物♀はほとんどそういうふうにできています)を「妊娠してもいいように、そっとゆるめる」のは、「スキをつくる」ことそのものです!

そして、赤ちゃんという「独立した生命」つまり、あなたにとっての見知らぬ「異物」が、あなたの子宮にのんびり「着床」することを許すのが、

受容

以外のなんでしょう?

 

 

せっかく精子がはいってきても、受精卵ができても、

警戒セヨ、警戒セヨ、謎ノ侵入者アリ!

になってませんか?

それは、「見知らぬもの」「はじめてのもの」「ソトからくるもの」はみな、「敵」であると決めつけ、追い出そうとしたり、ヤッツケようとしたりする……とっても働き者でたよりになる(でもこの場合はとてもありがた迷惑な)……あなた自身の「セキュリティ意識」のせいかもしれません。

 

 

こういったかたがたにまず必要なのは

(ひょっとすると、高度な医学よりもむしろ)

受容のレッスンです。

 

自分をほどくこと。

 

ゆるすこと。甘やかすこと。

 

ゆるめること。

 

 

花は、かたい蕾をゆるめてはじめて、咲くじゃないですか!

ブレゼントのリボンは、ほどいてナンボじゃないですか!

 

 

 

さぁ、お稽古をはじめましょう。だいじょうぶ、むずかしくありません。

 

 

 

あなたは、いま、どんなからだとこころでいますか?

受容を学ぶ準備はととのっていますか。

受容のジュは受胎のジュ。受精卵のジュ。

 

 

 

歴史的に有名なみごとな受容の一例 ⇒ 

 

 

 

もらってください。

さしだされるものを。

(こわがらないで)

(うたがわないで)

 

(もらえないものを欲しがらないで)

(ほかのひとが持ってるものをヨコメで見ないで)

(こういうのじゃなきゃイラナイ、なんて、こまかく品番指定したりしないで)

 

もらえるものをもらわない子はなにももらえません。

もらえるものを喜ばない子は幸福になれません。

だって

(ちょっと考えてみてください)

この世で大切なことがらのほとんどすべては

みんな偶然のたまもの

……あるいは神様からのサプライズ・ブレゼント

贈り物

なんじゃありませんか!

 

さあ、リボンをほどいて。どきどきしながら。

 

あなたにステキなことがおこりますように!

 

もくじ