軽井沢に住みたい!? 〈田舎暮らしに憧れたら考えたほうがいい3つのことがら〉
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前書きの前書き
下の前書きは以降はいまを去ることウン年前に書いたものです。2004年9月1日、浅間山が音をたてて噴火し、世間のみなさまに「そういえばあんなとこに活火山があったんだっけ」と思い出していただきました。おかげさまで、わたくしめも、あうひとごとに、はたまたメールをくれるひとごとに「だいじょうぶ?」なんて聞いていただいたりしました。ぜんぜん大丈夫です。おかげさまで。ご心配いただいてしまってすみません。 でもってその間のやりとりでつくづく思い知るのは、やはりみなさま、軽井沢について、なにかみょーな固定観念がおありになるというか、ぜんぜんまったく事実でないことを思い込んでいらっしゃる場合がおおいというか。とにかくみなさまがたのイメージの中の軽井沢は「事実から遊離している」ということなのでございました。 以下の原稿は、この地に十ウン年すんだ人間にとっての現実の軽井沢、地元民のリアル軽井沢です。 そんなものについては、知りたくない、あくまできれいで素敵なイメージを抱いておいたい! というかたは お読みになりませんように。
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前書き ある日、突然、みなさまご存知の唯川恵さんから夫のWEBサイト『放鷹道楽』ごしに私あてのメールがはいりました。ちょっと尋ねたいことがあるので良かったら連絡して、と、メールアドレスを教わりました。「直木賞おめでとう!」と言いつつ、ハテサテどんな御用かな? とうかがうと、「犬を飼いだしてから、軽井沢に移住したいなぁと思うようになった」とおっしゃる。 以下、唯川さんのメールより引用(許可ずみ。単行本になったら帯に協力してくれってことまで頼んであったんだけど……ぶつぶつ)。 『でも、私、軽井沢の情報を何も知らなくて、(中略)久美さんとこは、すごくたくさん動物がいるでしょう。獣医さんはどうしてますか。うちの犬はただデカいセントバーナードなのですが、みてもらえそうでしょうか。あと、ペットを一時的に預ける場所なんていうのもあるでしょうか。 それから、もっと具体的なことなのですが、今から軽井沢に住むとしたら、どの辺りがいいかなぁなんて思うわけです。別荘で利用するつもりはないのですが、地元密着というつもりもなく、できたら、別荘感覚を残しつつ、生活したいというような感じです。 だから、軽井沢駅からそう遠くなく、マーケットや食べ物やさんが結構近くにあり、一軒だけぽつんというようなあまり孤立した場所ではないところ、でも、街中でもない、というのがいいなと・・・・ ついでに言えば、場所によって雪や凍結にも差が出ると聞きました。できたら、それがないところだとすると・・・・場所的に、お勧めなんてところ、ないでしょうか』 とりあえずのつもりで書き出した返事は、やたら長くなってしまい、それでもまだ全然書き足りなかった。「詳しくは、できればそのうち、会って話そう。なにしろとにかく現地を見たほうがいいんじゃない? 案内するからサ」等と書いて、送信すると、再度お返事が。 以下、ふたたび唯川さんのメールより引用です。 『言われてみれば納得することばかりで、うーん、と考えさせられてしまいました。(中略)獣医さんのこと、地域のこと、ほんと、忙しいところをいっぱい情報をいただいて感謝です。 それでも、東京でずーっと暮らすことを考えると、軽井沢は魅力的に感じます。久美さんも、波多野さんと結婚したこともあるだろうけど、東京生活を満喫しているように見えたのに、軽井沢にパーッと移り住んだという印象があって、それももう10年となれば、やっぱりいい所なんだろうな、と思います。(中略)私ももう少し、軽井沢を勉強します。』 魅力的? ……わたしは考えこみました。 うーん。確かに。軽井沢って名前は妙に印象がいいというか、カッコいいらしいからなぁ。 でも、実際に住む前には、できれば考えといたほうがいいことがアレとかコレとかソレとかいろいろある。いきなり決心して、思い切って引越してきちゃって、家を建てたり買っちゃったりして暮らしはじめちゃってから「まさかこんなだったとは!」って驚愕しないとも限らない。へんな見落としをして、大切なことを教えそこなってしまうと、ナマジ相談された手前申し訳ないしなぁ。 考えつく限りの「もしかしたらやめといたほうがいい」理由、「こういうひとにはあまり向かない」ポイントなどなどを、全部指摘してあげればいいけど……それって、ものすごい分量になるな。 そうか。 それ、ネタじゃん! 充分一冊になるじゃん! この時点でやっとこのことに気づいたわたしは、真っ先に唯川さんに、こうなったらいっそネタにしたいと思うんだけど、と白状し、すぐさま「もらったメールの使用許可」を取りつけました。 かくして、この原稿が生まれることになりました。 とにもかくにも唯川さんのおかげです。 せっかく書いたのになかなか本にならないのは(あっちこっちに売り込んでみたんですけどねぇ)みんなわたしのせいです。 なにしろ唯川さんがあれこれ訊いてくれるまで、そのような質問に回答をするという需要があるということにさえ、まったく気づいていませんでしたから。どうもありがとう。 この本の中身を参考にして、ぜひぜひ、ご検討くださいませ。 というわけで、どちらかというと「この点が心配」「こんな困ったとこもあるんだよ」な部分を大量にあげつらうことになりましたが、唯川さんの言うとおり、十年以上楽しく暮らしてきたのですから、わたし自身はここの暮らしに満足しているのです。ええ、ほんとうに、軽井沢が大好きです。ここに住めてよかったなぁと思います。 けっして、軽井沢をクサしたり、ケナしたりしたくて書くのではありませんし、逆にひとりじめしたくて、「もう誰も寄るな来るな!」と言いたいのでもありません。 でも……もっと年をとってしまったら、海辺のあったかいところに住んでみたいなぁ、なんて妄想もしたりします。ウチの亭主は暑さが苦手なのでたぶん賛成しないと思いますが、個人的な憧れは沖縄八重山の離島です。 人間はいろいろで、土地もいろいろ。 誰かにとってベストな選択が、万人にとってそうだとは限らない。 また、年齢やシゴト、家族の構成などによって、ある時点で望ましいことがずっとそうとは限らない。 たとえば旦那さんにとっては都合のいいことが、奥さんやこどもさんやペットにはそうでないとしたら……それは、あまりおススメではないですよね。 唯川さんのように、実際になぜかなんとなく『軽井沢に住みたい』と思ってしまっているみなさまには、この原稿は最初から最後まで全面的に直接にお役にたつハズです。ただし、時間がたったりなどして、変化してしまう部分はあるかもしれません。 また、他のあちらこちら……蓼科とか、八ヶ岳とか、清里とか、ひょっとすると、熱海、伊豆、沖縄エトセトラとかで、これまでの人生と違う「セカンドライフ」を生き始めたい、などと思ってしまっておられるみなさんにとっても、なにかと参考になる部分があるハズだと思います。 誰かに「このへんは、こういう点はどうなの?」と尋ねるにしても、具体的な質問事項が必要ですよね。 この本を読んで、もし「うわぁ、自分には向かない、とてもじゃないけどそんなのやってられない」と思うような部分があったら、そのポイントに関して、あなたがこれからお住まいになりたいひっこしてみようかどうか検討中の土地に実際にお住まいのかたなどに、具体的に、問い合わせをなさるとよいかと思います。 引越しはめんどうなものですが、ポーカーで持っている札を「全とっかえ」をするような圧倒的な解放感や、他のなにものにも変えがたいワクワクもまたあります。まして、新しく暮らしてみる土地をどこでも好きに選ぶ楽しみは、何歳になっても、どんな境遇になっても、けっしてなくなるものではないと思います。 故郷は故郷でいいものだし大切にしたい気持ちもよーくわかりますが、肉親や血縁と同様、めったなことで切れるものではない。 「まだ見ぬ他所の土地」に立ったなら、少し生まれ変われるかも。 なんたってたった一度の人生ですからね。臆病に尻ごみして過ごすより、思い切ってやりたいことをやってみるほうがきっと楽しい。失敗や困難や計算違いなんてものは、どんな安泰な生活の中にだってどうせ多かれ少なかれ起こるものなのですから。 それでも、前もって知っておいて回避できるなら回避したいことは、回避できるように。 この原稿をご活用いただければ幸いです。 仮目次 1・軽井沢の自然・風土 2・軽井沢の家事・生活 3・軽井沢のひと・文化 1・軽井沢の自然・風土 まず真っ先にご理解いただきたいのは次の厳然たる事実です。 「軽井沢は、かなり極端に寒冷な、そうとうの過疎地である。」 (出版時のための覚書。ここに長野県とその周辺の地図、軽井沢の標高を示す図、年平均気温のグラフなどを挿入したい。……旭川や盛岡などと比較) 長野県はだいたい日本列島の真ん中ヘンにあり、東京から見ると、「北西」側ですよね。 日本人なら誰でも、「たいてい、北より南が、東より西があったかいもんだろ?」と思っているのではないでしょうか。本州が東北から南西のバナナ型になっていて、北海道も四国も九州も自然と連なっている以上、この感覚はおおざっぱには正しい。 北西、は、北である点でちょっと寒そうだけど、西である点でちょっとあったかそう。雰囲気からいって、関東圏と長野は「差し引きゼロ」に見えていたりしませんか? 「そんなにうんとは違わない」ような気がしていたりしませんか? 気温には他の要素もあります。たいがいの場合、沿岸部は海流と湿気の影響で内陸部よりあったかいし、盆地は暑さも寒さも強いもの。そして……もうひとつ、日本国の人口のわたしが勝手に推定するところ九割ほどのかたがたがふだんスコンと忘れている重大要素があるのです。 「標高」です。 富士山のてっぺんは寒い。真夏でも雪が溶けずに残っている。 これは常識でしょう。 高い山に出かけるときには、夏山登山でも、ちゃんと寒さ対策をする。 これも常識でしょう。 しかし、「ふつーに人間が住んでいる場所」でも標高が高いとこがあるんですねぇ。軽井沢はそのひとつなのです。 その富士山の頂上は海抜三七七六メートルです。 穂高岳は三一九〇メートル。 槍ヶ岳は三〇六〇メートル。 白馬岳は二九三三メートル。 関東最大の高さを誇る日光白根山が二五七八メートル。 わたしの故郷の岩手山が二〇三八メートル。 二百年前の噴火でフランス革命の原因になりいまなお活動中の火山である浅間山は、ほんの二五六八メートルしかない、高さからいうと中堅クラスの山なのですが、アルプスのように周辺に肩を並べる山々が無い孤独タイプの山なもので、みょーにデカくみえます。噴火の痕跡のおかげで裾野もいまだにとても広い。 我らが軽井沢町は、なにをかくそう、ほかならぬこの浅間の南東側の斜面に存在しているのです。おもに標高が九百〜千メートルのあたりに。 気温というものは、標高が百メートルあがるにつれて0.6℃下がるそうです。標高千メートルの土地は、ゼロメートル地帯より「六度」寒いことになります。 みなさまよくご存知のように、東京都市圏はじめ日本の大都市のほとんどは、大きな河川の三角州が発達してできてきました。よって、たいがいとても低い。 唯川さんの故郷であるところの金沢市の標高をサイトで探したところ、城址公園の整備事業の確認調査の記事を発見。お城の堀の底が、標高約25・4メートルだそうです。お城というものは、土地が周辺より高くなってるところに作るものでしょう。そこで金沢をほぼ標高「ゼロ」と仮定しますと、金沢が「気温20度」の日、(地形、天候、その他の影響をぜんぶヌキにしてあくまで単純に考えると)軽井沢は「14度」だということになります。 なーんだたいした違いじゃないじゃん、そりゃあ「避暑地」っていうぐらいだから、他所よりは涼しいかもしれないけどさぁ。熱帯夜には、もうほとほとウンザリしているんだ、クーラー使わなくてすむならラッキーじゃん? 六度低いぐらいならちょうどいいよ。 ……とお思いになったあなた。 夏はまぁそうです。おっしゃるとおりです。 ただし、いまの東京などの気温がそもそも「正常」ではないのだということはわかってください。 地球温暖化の影響は軽井沢にも等しくあるので横においといて、首都圏などのヒートアイランド現象は、そこを本来そうなるはずな気温よりもずっと高温にしています。自動車の排気ガス、エアコンの室外機などなどの各種家電、人間の体温そのものも気温を押し上げます。 冷房をつけていないラーメン屋さんの昼時の厨房を想像してみてください。はやっているラーメン屋さんのソレと、閑古鳥がないているラーメン屋さんのソレとをふたつ想像してみてください。 百葉箱の中の寒暖計が示している数字は、東京がもっとすいていて、自動車も人間も少なくて、冷房装置なども発達していなかった時のそれより高いはずですが、それにしても人間の体感温度よりはまだしも「マシな」温度にしかなっていない可能性がある。 標高による差は科学的事実ですが、その東京の「本来的ではない温度」「異常な温度」と比べてきっちり六度低いわけではない、ということはご理解ください。 そっちと比べてしまうとすると、八度か、十度か、ひょっとすると体感温度で言ってしまえば十二度ぐらいも違うかもしれない。 たとえば東京が気温三十度だとして、もし十二度低かったら、たった十八度ですよ。それはもう「涼しくて気持ちいい」といえる温度ではなく「寒い」「風邪をひきそうな」あるいは「季節が違う」温度です。 はたまた、不夜城な都会では朝晩の寒暖の差が小さいのに対し、山ばっかり樹木ばっかりの軽井沢では(詳しくは[過疎]の欄で)よく晴れた日の翌朝などいわゆる「大気の放熱現象」が起こり、夜明け前の午前四時ごろ、いきなりグググッと冷え込みます。 昼間の最高気温二十八度の翌日に、いきなし二十度下がって、明け方の温度八度になったりします。 よって、軽井沢ではたまに(というかウワサですが年にひとりふたりぐらい)真夏にひとが「凍死」します。 正確には「低体温症で急死する」のですが、まぁ人間のカラダに起こることの内容はほとんど同じっすね。 真夏のバカンスのたのしいバーベキューかなんかで酔っぱらっていい気持ちになって、庭からそこらの木立ちにはいりこんでタチションかなんかしたりなんかして、その帰り道「ふー」とそこらの切り株に座って、そのまま「うとうと」眠りこんでしまったりする。当然、ものすごく薄着です。だってバーベキューの直火のそばって暑いですからね。汗が冷えるとともに、ぐんぐん冷えます。明け方、さらにいきなり、「ぐぐっ」と、「ぐぐぐーっ!」と冷え込む。このどこかで目がさめればいいんですが、さめないと、そのまんま、とても気持ちよくグッスリおやすみになったまま、よーくよーくよーく冷えて、どんどん体温がさがって、回復不可能なほどまでさがって、ハイ、雪山遭難のひとみたいな「凍死死体」ができあがってしまうのです。 ですから、夏のバカンスに社員寮などにおいでになるみなさま、ハメをはずしたとしても、かならず、就寝前に点呼をとって、誰かのんきなひとがそこらの露天で寝入っちゃっていないかどうか確認なさってくださいね! だからなんです! 本来「夏のみの別宅」であるはずの軽井沢のふるーいお屋敷に、どこでも必ずまず間違いなく「暖炉」があるのは。 あれはわざわざ冬にきて焚くものではない。ましてカッコつけではない。単純に、みんなが軽井沢にいる真夏の夜や朝に切実に必要になって焚くものなのです! 他でも書きますが、もともとの軽井沢開発の初期のころからあるような、旧家の別宅がたくさんある地域は、かなり霧がたまりやすく、つまり湿気が高いので、空気をドライにさせるという意味もたぶんあります。ありますけどね。 なにしろとにかくマジ寒いから火が恋しくなるんです。 壁や床などにろくな建築材料がなくて断熱効果が期待できなかったその昔、真冬は軽井沢の別荘は「使わな」かった。使えなかった。しめとくほかなかった。 軽井沢は「夏に暖炉が恋しくなる」場所なんです。 このことをあまり真剣にお考えにならないまま、暑い首都圏を脱出しておいでになるお客さまがたは、新幹線軽井沢駅についたとたんに 「うそーっ! なにこれ、さむーっ!」 とお叫びになることになります。 新幹線をおおりになる時から、一枚いや寒がりのかたなら二枚余計に「上着」をはおられることをおすすめいたします。
マイナス十度、十五度はあたりまえ。 最高気温のほうが「零度」に達しない真冬日も、ごく普通。 ちょっと早起きをして犬の散歩に出かければ、ダイヤモンドダストが「我が家の庭」で見れます。 こんな日は当然、フリースやダウンを着こみ、脱脂していない毛糸の帽子とマフラーで顔をぐるぐる巻きにし、防寒長靴で足もとを固めて外出するわけですが、立ち上る自分の吐息がまつげについて凍ります。キレイはキレイですが、まばたきすると冷たいです。 夫の口髭も、白くかぴかぴになります。 それでも、そんなのには、やがて慣れてしまうのです! 冬ってもんもいきなりはきませんからね。少しずつ寒くなって、だんだんにひどく寒くなる。むしろ、「寒くなりはじめ」の秋口がいちばん寒さが身にしみ、風邪などもひきやすくなります。防寒具をうっかり出し遅れたりして油断した日にやられちゃったりね。 いったん寒いのにからだが対応してしまうと、たまに一月なのに最低気温がたったマイナス五度なんて日があると「おお、今日はあったかいねぇ」「春じゃないの」と思ってしまう。薪割りをしているうちに汗をかいてきて、トレーナーを脱ぎ捨て、半袖で雪の中をウロウロしたりすることだってできます。 年に一度か二度、マイナス二十度に達する日があります。こうなると寒さがもう寒さとしてではなく「痛さ」に感じられたりする。カキ氷をがーっとたべるとコメカミが「きゅー」ってなりますよね。あんな感じ。 そんな時はもうなんにもしないで、家の中でわんこでも抱いてぬくぬくしているに限ります。 まぁロシアのひとたちはマイナス四十度でも生きているんですから。 幸いにも雪はそんなに多くはありません。寒冷前線も雪雲もたいがい北西からゆっくりじわじわ降りてきますが、そのルートには新潟県方面や志賀高原など、スキー場のたくさんある山々が立ちはだかっていて、雲をひっかけてくれる。そういうところで手持ちの雪をほとんどみんな落としてしまった冷たいけど乾いた風が、軽井沢にはやってきます。 (ただし最近、地球温暖化のせいだかなんだか、妙にあっためで、雪がやたらに多い時もあります) 豪雪地帯のような、毎日何度も屋根からのユキオロシやユキカキをしないと家が埋もれて壊れちゃう! みたいなことはありません。 冬じゅう、雪雲がぶあつく低くたれこめて、青空が見えない、「ああ、空はどこ?」みたいなことは有りません。ペカッと晴れます。キインと晴れます。冬の青空も、凍てつくような星空も、とてもキレイ。 ただ、なにしろさんざん言ってきたように気温が低いので、いったん降った雪がなかなか溶けません。昼間のぬくもりでいささか溶けても、夜の間にまた凍ります。だんだんギッシリ堅くなっていく。 だから、たまに大量の雪が降ってしまったら、とにかく大急ぎで必要最低限度の部分はどけてしまわないとならない。人間の通路と、ウチの場合は、わんこ五匹がサンポに出かけられるルートだけは確保しないと。とけて凍って固まったら、人力でなんかぜったい動かせないものになりますから。 軽井沢特有の条例(後述)の関係もあって、別荘は敷地の「おくまったほう」にあることが少なくありません。道路部分は管理組合などがキカイでユキカキしてくれますが(へたすると順番待ちはあります)、自分ちの庭の中ぐらいは自分たちだけでなんとかしないといけない。玄関から道路までは、自分たちで開拓しないといけない。 何故か大雪というのは、亭主が留守している時に限って降るんですよねぇ。関越自動車道や長野自動車道が通行不能にならないか心配しつつ、しょうがないから降るハシから、セッセとユキカキをするわけです。 肉体労働が得意じゃなかったりキライだったりするひとには、これはシンドイだろうと思いますよ。お年を召したかたや、障碍のあるかたの場合、冬に山の中に篭るのにはかなりの覚悟がいるということです。ひとをやとってやってもらうことはもちろんできますが、なにしろユキカキしなきゃならないほどの「大雪」が降った日に、すぐサッと駆けつけてきてくれるとは限らない。住み込みのお手伝いさんがいるか、歩いていけるほど隣や近所に親切な若者でも住んでればいいですけどね。 そんな過酷な冬がいったいどれぐらい続くかというと、わたしに言わせてもらえば六ヶ月です。 ここでは一年の半分以上がきっぱり冬です。 立証しましょう。 一月も二月も三月もまごうかたなく冬です。 四月にはすこしあたたかい日がありますが、地面はまだガチガチに凍結しているし(と言うことは、水道に凍結の心配があるということ)雪が降る日もたまにありますから、やっぱりまだ冬です。 この頃になるともう春が恋しくてならなくなっちゃうわたしは、四月の十日ごろ、更埴市(ウチから長野市に抜ける途中)の「あんず祭り」に行って、あんずのお花見をして、せめても気持ちをなぐさめます。 ゴールデンウィークの頃、町にサクラが、山にヤマザクラが咲き出すと、ようやく春がきたかなぁ、という感じ。お風呂場わきのサンルームに非難させておいた鉢植え植物を庭に出すのは、ヤマザクラの花びらが散りはじめてからにしました。ちょっと暖かい日があってうかれて出すと、遅霜でゼンメツするからです。 春といえるのはこの頃からでしょうか。 だってチューリップが咲くのは五月になってから。パンジー、マリーゴールド、ペチュニアなどの「頑丈」で「初心者にも弩簡単」なことになっている宿根植物を外に出せるのは(地植えにしろ、寄植えやハンギングバスケットにしろ)それ以降です。じゃないと突発的な遅霜で……以下略。 六月は梅雨で雨が降ります。 七月と八月は夏と言ってもいいでしょう。暑いです。昼間は。先にかいたように晴れた日ほど夜明けが寒いです。 はたまた「山の天気は変わりやす」く、夕立の季節は特にゆだんがなりません。 九月になるとそろそろ別の意味で油断してはいけない雰囲気がしてきます。また残暑かと思っていると突然言語道断に冷え込むので、風邪をひきやすいのです。 十月は枯れ葉だらけ。あっという間にすぎていきます。 十一月の頭にはたぶん初雪があります。雪が降りだしたらそりゃあもう冬でしょう? とうぜん十二月も冬。 (ただし、この描写は、標高千メートル付近の森閑とした別荘地内にある我が家の場合ですよ。新幹線の駅のそばなど、標高が百メートルほど低い町のほうは、人口密集地だし、木々が少ないので木陰になる時間が少なく、つまりあたたかい。よそのオタクのお庭に咲いている植物などを見ると、我が家よりは、半月から一ヶ月は季節があたたかめだと思います)。 十一月、十二月、一月、二月、三月、四月……ほらね。六ヶ月間も冬があるでしょ! 春と夏と秋が気の毒に肩寄せ合ってくっついてたがいに辛抱して、みんなだいたい二ヶ月ずつを均等に分け合った、みたいな感じですかねぇ。 ですから、軽井沢は「冬と寒さを愛するひと」に向いているのです。なにしろ圧倒的に冬が長いんですから。冬が大キライだったらツライです。 沖縄県出身のおともだちがいますが、東京の四月で「寒くて死にかけた」といっていました。彼女は「真夏のまっさかり」のごく短期間にしかウチにこれないと思います。しかもあたりが暗い時は家から一歩も出ないほうがいいかと。風邪ならいいですが肺炎にでもなったらほんとにいのちがけですから。 例の『四季の歌』だと冬を愛するのは「心広き人」なんでしたっけ?「根雪をとかす大地のようなぼくの母親」……溶かしてんやったらそれもう春とちゃうんか、とちょっとツッコミたくなるんですが、とにかくウチの旦那さんは、冬が好きと公言してはばかりません。 アトピー持ちの彼にとっては、冬が一番すごしやすいのだそうです。気温はマイナス五度ぐらいが一番好きなんだって。 はたまた、鷹匠としては冬がオン・シーズン。ぶあつい雪がつもった山なら邪魔者も少ない。 彼はとても幸福そうです。 愛するダーリンが幸福でいてくれるのですから、わたしも嬉しく思うというか、まぁしょうがないとアキラメていますが、ほんとうのところわたしは夏のほうがずっと好きです。カンカン照りで、ジリジリ日焼けしてしまうような、汗だくで、頭がぼーっとするような、気温が30度ぐらいのとこが好きです(ただしシゴトしなくてもいい時)。盛岡出身で、寒いのには慣れてるはずなんですけど、逆にもう一生分の「寒い」は味わったような気もしてて、できれば寒さなんかぜんぜんいらない。だからじぶんの仕事場などには、ガンガンに床暖房をいれて、冬でも「あったかく」してやっと暮らしています。 けど、なにしろ軽井沢だと夏が「とても貴重」ですからね。大好きな夏を、「ああっ、いまだけ!」と必死に味わってとことんしゃぶり尽くすように過ごせるという意味では、まぁよいのかもしれません。 暖炉で火を焚くのも大好き。ちょっと寒いとすぐ焚く。もともと薄着が好きなので、着ぶくれてあったかくする前に、火をつけちゃいます。エネルギーのむだ使いで申し訳ないですが。 ちょっと暑いとすぐ脱いで、暖房を切り、窓をあけて歩く亭主と、寒がりなのに暑がりでもあって、靴下もトレーナーもすぐに脱ぎたがる嫁と、なんとかかんとか妥協点を見出せているからよかったですけどね。 六ヶ月も冬がある場所に寒がりなのに着膨れするのがキライなやつが過ごすというと、当然のことながら、暖房のための費用がものすごいことになります。 すごく恥ずかしけど告白します。 引っ越してきてまだ間もない頃、寒いのが何よりキライなわたしは、すべての部屋を冬でも東京に居た時と「同じぐらいの温度」に保とうとしました。盛岡の小学校のひとつが校舎がオンボロですきま風から雪が吹き込んできてて、転校したとたん寒冷ジンマシンにかかってしまったことや、転々と引っ越した実家のどれかで「廊下が寒」かったり「トイレが寒」かったり「お風呂場が寒」かったりするのが死ぬほどイヤだったので、とにかくありとあらゆるところを、のべつくまなくあったかくしたいと思いました。かくてウチのメイン暖房は「灯油で不凍液を循環させる形式の床暖房」りなりました。ちなみにお風呂も灯油でわかしています。 ある冬の月の灯油代が「15万円」にのぼりました。 さすがのわたしも腰を抜かし、以後、なるべく節約するように心がけています。とはいえ、そんなにうんとはスリム化できません。 一度、三月になったからもうたぶん大丈夫だろうとほとんど使っていない部屋の床暖房をケチッて切ったら、思いがけず寒冷前線がやってきた日にいきなり気温が言語道断に急降下、水道の浄化装置(保温帯はもちろん巻いてあったのに!)が凍結破損して下のフロアなどが水びたしになり、そこから白アリが発生し(本来軽井沢は気温が低すぎて白アリは冬を越せないはずが、床暖房や断熱材の発達のおかげで、いったん床下などに巣食うと、充分に暖かく、おまけに適度の湿り気でもあろうものなら、大喜びで大繁殖するそうです)あわてて白アリ駆除業者さんにきてもらって、家じゅう消毒して駆除して40万円ほどかかりました。それも、サービス価格で。 軽い気持ちでケチろうとすると、かえってとんでもないことになるわけです。 我が家は、そりゃあ極端な例だろうと思います。 家族がふたりとも小説書きで、「事務所」などに出かけるわけではない、年中一日じゅう家にいる。自宅がイコール営業所であるため、会社などにおでかけになってしまって昼間おいでにならないかたとは多少事情が違います。はたまた、亭主は夜型(夜中から夜明けにかけて一番元気)わたしは朝方(用もなく早起きをしてしまい、夜はニュースステーションを最後まで見てられないぐらいにすぐに眠くなる)と、ふたりの活動時間にズレがあり、いわば「二十四時間営業」みたいな状態なので、すこぶる効率が悪いのは確かです(ふたりが同じ時間帯におとなしく寝てるなら、寝室以外の温度をもうちょっとなんとかするとかできそう)。 しかし。 軽井沢は寒いのが根本的にキライなひとにはむきません。 無理に住もうとするとかなりの経済負担を強いられます。 「寒い日には、一枚余分に着てコタツにはいる(部屋全体には特に暖房をする必要はない)」みたいな土地で暮らしてこられたかたがたには、想像を絶するに違いない寒さが待っています。 避暑地、という美しくもロマンチックな呼び名はあくまで夏のもの。 冬の軽井沢は「シベリア」ですから。「カトマンズ」ですから。「蔵王絶唱」ですからね。 全国のお天気を見て「ああちょうどウチと同じぐらいの気温なのね」と思うのは、たいがい「旭川」と「盛岡」です。もちろん天気によって違いますよ。でも最高気温最低気温ともになぜかこの二箇所は「ほぼ同じ」な確率が高い。 北海道が緯度の高さで寒いのと、ウチが標高のせいで寒いのとが、大体同じ程度なんじゃないかと思います。ちなみに盛岡市は典型的盆地で、京都があの場所にあるわりにみょーに寒いのと同様、東北六県の中でも例外的に「おっそろしく寒い」土地柄です。 標高の影響でもうひとつ。 高山病体質のひとは、最初苦しむかもしれません。 わたしがそうでした。亭主とつきあいはじめてすぐの頃、彼のクルマでドライブしているのはとても楽しくてわくわくしているはずなのに、碓氷峠を登っていくと、突如、ムネがムカムカしだしたり、頭痛がしはじめたり、息が苦しくなってきたりする。 ひょっとすると、わたしは実は波多野を愛していなくて彼のテリトリーに近づくことにストレスを感じているのか、何かの霊障があるか、どっかの魑魅魍魎がわたしに対して強い結界でも張っているのかと思ったほどでしたが、ふと気づいてみれば「軽い高山病」。 碓氷峠は急峻で、短時間でいきなり標高を登ってしまうし、日光いろは坂のようなくねくねでもあるので、多少はクルマに酔ってもいたのかもしれません(いまは高速道路を使えばいいのでこのルートはあえて選ばなければ通る必要はありません)。あるいは貧血もあったかも。 けども、そういえばわたしはスイスに観光旅行にいったときも、他のみなさんがユングフラウヨッホとかにルンルン上っていく間、ベルンの町でおとなしく待っていた「高いとこが苦手」なやつでした。 空気が薄くなると、とたんに呼吸困難に陥るんですよ。心臓ばくばくいって、目がよく見えなくなってきて、舌がふくれあがっていく感じがしちゃう。 でもまぁ、ようするに慣れの問題です。 何度か行き来するうちに高橋尚子さんじゃないですが「高地トレーニング」がきいて、平気になってしまいました。その頃うけた人間ドッグで「スポーツ心臓(少ない酸素を使うのに適している特殊な状態)になっている」と言われましたから、もし、心臓に不具合があったり、体質がもっと弱かったり、たまたまなんか極端に激しい運動でもしてしまったりしたら、致命的なことになっていなかったとも限りません。 心臓に問題のあるかたや、低酸素状態に敏感な体質のかたは、軽井沢にでかける時は「酸素」を持っていくのをおすすめします。当然のことながら、そのようなかたは、喫煙、飲酒はなるべくおやめになったほうがよろしいです。 暑さ寒さは生活に密着した問題なので、具体的なグチというか事実の述懐がまだまだたくさんあるのですが、とりあえずこのぐらいにして、もうひとつの問題のほうに映りましょう。 「過疎」です。
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