4・頭部にインモー

 

 当時わたしがもっともイヤでつらくて悲しかったのは、否応なくつきまとうこの「不潔感」であった。

 十三歳十四歳ぐらいの女子にとって、なにがイヤだって、ひとに「きたない」と「だらしない」と「不潔だ」と思われることほど耐えがたいことはなくないか?

 ただでさえ陰毛に似ている髪だ。しかも、ブラシをかけないわけではない、洗髪しないわけではないのだが、ともすると、まるでなんら努力をせずわざと無造作に野放図にほったらかしにしていたみたいになるんである。まるでアニメの「爆弾くらった」あとのキャラみたいに。危ない科学者が実験失敗した直後みたいに。当時はそういう用語はなかったが、ホームレスのおじさんたちにも酷似していたかもしれない。

 小中学生のコドモには、美容テクもないし、ヘアケア製品を買いあさる資力もない。当時は朝シャンなどという習慣はまだ存在しなかった。ゆうべ洗って乾いて、寝癖がついた鳥の巣頭は、どんなにせいいっぱいブローのまねごとをしても、どうにもなりはしなかった。せいぜいがんばってもほんのすこしカサを減らせるだけ。それでも、雨にあたったり、湿度が高かったり、体育の授業で汗をかいたりすると、だいなしになった。

 わたしの頭はわたしがそうしたいようにではなく、おのずと自然とそうなっているようにしか、なろうとしなかった。

 しょうがないから伸ばしてくくった。母はショートカットが好きで、自分も長年そうだし、わたしにもどちらかというと男らしく凛々しいショートカットをさせたがったが、ものごころがついちまったら「だから余計にモジャモジャがめだつんじゃん!」と反発したわけである。

 伸ばしさえすれば、ゴムでくくることができる。ぎゅーっと力づくでヒッツメることができる。ゴムから先はぽんぽこぽんに丸く膨れる。ゴムより手前はごわごわのウネウネになった。横綱曙のあれである。それでも、遠めには(泣)ふつーに見えないこともない。少なくともあきらかにカサが減る! くくっとくほうがからまらない。次に髪をとかすときにらくちんである。

 小学校六年生だったと思う。あんまりぎゅーぎゅーにヒッツメていたら、担任の先生に「おまえ……そんなにしていると、いまにハゲるぞ?」と心配された(きっと彼も頭髪で悩んでいたのだろう。やさしいひとだった)。

 ミツアミをすると、アミアミのいっこいっこがポンポコになった。ダサくてかわいくなくてダイキライだったけど、それでも、ワカメよりは現実的であり、ショートカットよりはまだマシだったのだ。

 くくっていないと、たとえばプール授業のあと、いったん水に濡れておとなしくぺしゃんこになって頭蓋骨にへばりついていた髪が、乾いていくに従ってモクモクモクモク膨れ上がり、後ろの席のやつがそれを刻一刻観察しながらクスクス笑い、時おり定規をあてがって「いま何センチ」とかメモをまわしてふざけやがったりすることになる。

 それでも……結果からすると、小学校の時のほうがまだ良かったような気がする。私服だったから。

 正しい日本の中学生に似合うようにできていた当時の中学の制服には、わたしは(わたしの、日本人ばなれした髪質は)まったくといっていいほどぜんぜん似合わなかった。ポンポコでウネウネで、油断すると爆発の頭は、紺色サージの地味でストイックな制服にはあきらかにトンチンカンであり、毎日毎日、拭えぬ違和感と不潔感と徒労感とギャグ感をかもしだしては、哀れなおとしごろ少女を毎日のように舌噛んで死んでしまいたい気分にさせたのであった。

   髪は髪である。たかが髪。切っても血も出ない死んだ組織だ。

 それでも、ひとの印象の大半が髪からくるものであることをわたしは、第二次性徴をむかえる以前にとことん思い知らされた。

 ハゲや薄毛に悶々となるかたの気持ち、わたしにはよーくわかる。

 わたしという人間を、望ましくないかたちの死んだ組織が象徴してしまうように思えて悔しくてならないである。

  ものごとはいつでもわたしの望むようなかたちにではなるとはかぎらない。むしろ、ものごとは、いつもそいつが自然とそうなろうとする傾向のままになるものなのである。うまずたゆまずずーっと。

 自分が望まないカタチをあえて撓めて矯正しようとすれば、凄まじい意志の力と、途切れない集中力注意力と、汲めども尽きぬエネルギーが必要となる。バネを押えておくようなもの。ふと手をゆるめたらパァンとはじける。敵はなんら悪意なくただただ自然とそうなのであって、なにもわざとわたしにイジワルをしているわけではない。わたしが憎くてそうしているのではない。だがだからこそ、ふと虚しくなって、もうやめたくなってしまったら、どうでもよくなったら、その時は確実に負けるのである。

 そういうものだ。

 人生は戦いだ。

 だがなぁ……

 いいよ。ほんとうに重大な問題についてだったら、戦いつづけてもいいよ。

 たかが髪を、ひとさまに笑われないように、せめてヒンシュクをかわない程度にしておきたい、ただただそれだけのことに、せいいっぱいにこらされた工夫や費やされた努力の多さを思うと、あたしゃほんとにバカバカしくて情けなくてたまらないんである。

 もしかして、ふつーにまっすぐで、ただ切りっぱなしでいいような髪だったら、それでムダにならなかったココロや時間の余裕の分、なんかもっと他にいろんなことができたような気がする。

  できるなら、あの日のわたしに、なにもそんなことで思いつめなくていい、そんなに悲しまなくてもいいんだよと、いってやりたい。髪なんかどーだって人間の価値になんの変わりもない。つまらないことに時間や気持を投げ捨てるのはオヨシと言いたい。

 しかしだが、もしかすると、いまもこの国のどこかにあの頃のわたしのように悩み苦しんでいる女の子が居ないとも限らない。

 その子のために、わたしは語ろうと思う。

 いったいどうすればいいのか。

 どうすることができるのか。

 わたしはどうしてきて、そうしていま、どう考えているかを。

 そしてまた、たまさか偶然にも幸運によって天パではなく生まれついた多くのひとびとに、この際是非ともお願いしたい。天パを理解し、天パを許してやってくれと。

 天パごときでさほどもがき苦しみさんざん悩んだりなどしたなどというと、いろいろな病気や障碍のかたがたに申し訳ないかもしれない。だが、ほんとーにほんとーにほんとーに、大変だったし、つらかったよ。

 

 

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