yumenooto uminoiro

 

                                 manase

 

 

 昔むかし、あるところに、とても魅力的な男がいた。

くしゃくしゃ寝癖のついたような髪、いつも笑っている瞳。濃いまつげ。きゅんとつきだした唇。すべすべきれいな肌。

からだつきこそ、青年らしく男らしかったが、顔だけを見ると、みょうに女性的だった。中性的で、なんともいえぬ色気と愛嬌があって、人好きがするのだった。

ハンサムで、快活で楽しく、いつも機嫌がよく元気がよく、愛想がよく、誰とでもすぐ打ち解けてともだちになった。ひとを楽しませ、泣かせ、ふざけて笑わせる。突拍子もないことを言いだしたり、ばかみたいなことに挑戦したりするけれど、なぜかそれが成功する。まさかと思っているようなことが、あれよという間に、運良くうまくいってしまうのだ。籤やギャンブル、各種の勝負、さまざまなスポーツ、試験勉強やじゃんけんですら、最強。負けることに縁がないやつのように見える。神様から目をかけられている。それでいて、ときには、たくみ劇的にに負ける。じつに効果的に負ける。好敵手とぎりぎりまで戦って、みんなをハラハラさせ、わくわくさせ、すがすがしく破れてみせる。

ツキにめぐまれた男。

彼の周囲ではおもしろいイリュージョンが、楽しい奇跡が、いやにしょっちゅう起こった。

ふざけても、悪さをしても、本気で叱られることがない。思いのままにふるまっていても、憎らしくない。しゃれに、茶目っ気に見える。ちょっと残酷なぐらい、ひとの気持ちがわからないようなふるまいだって、あのひとじゃあしょうがないね、ですむ。

なにしろ、この男に無理を言われると、いわれたほうが嬉しくなってしまう。「ったくもう、しょうがないなあ」と、ついついわがままを叶えてやる。

圧倒的に幸運な彼。

神さまから目をかけられた人間。

特別な男。

マナセ。

宝生真名瀬§ほうしょうまなせ§。

 

 

「真名瀬はわたしの弟」

 (と、ヒロさんはレイラに言った)。

同じ父親をもった、腹違いの、弟。

「父は宝生謙吾といって、日本橋とか、神田のほうの土地をずいぶんたくさん持っていた。あちこちに好きな女もいて何十人と子どもを生ませたそうだけれど、認知したのが全部で二十四人、マナセはその最後。大家族のいちばんちっちゃな子だった」

いわゆる恥かきっこで、孫のように可愛い末息子というだけでも、じゅうぶんに特別なのに。

蝶よ花よと育てられるうちに、本人の持って生まれた魅力、スター性カリスマ性にさらにみがきがかってしまった。

親も教師もとりこにし、自分の王国の廷臣にしてしまうような、生まれついての強運児。級友も遊び友だちも、みんな彼に好かれがったし、子分の座を喜んで競った。彼に好かれるためならなんでもしたし、なんでもさしだした。ローティーンになると、この群れに女の子たちが参戦する。青春時代の恋愛感情なんてそうでなくても狂気なのだ。わんぱく王子に自らを供物として捧げたがる少女たちは、いかにもその年頃らしい甘酸っぱい後宮を形作った。

こうして、恵まれた少年は、魔王のような青年となった。

大学を卒業するころ父親が亡くなり、兄弟で多彩な事業を分散して受け持つことになった。真名瀬にも大きな取り分がもたらされ、いわゆる青年実業家になった。有名人や政治家と親しみ、テニスやスキーやサーフィンを供して朋友となった。クルーザーに招待し、キャンピングカーで探検した。親友や恋人がのべ何人いたやら、たぶん本人も数えられない。

というようなことが背景情報。

問題は、ユメミ、そして、ナルミちゃん。

このふたりが、真名瀬の娘たちだったということ。

 

マナセは一度だけ正式の結婚をした。相手はとあるローカルTV局で人気の高かったキャスター嬢。お腹が大きくなってきて、ワイドショウにすっぱぬかれて婚姻届を出さざるをえなくなった。でも、この時、マナセには(とうぜんのことながら)別の恋人もいて、たまたまだが、やはり妊娠させていた。こちらは旅先で知り合ったスポーツウーマン、ダイバーでプロサーファーである美女だった。大胆華麗、自由奔放、常識はずれ。エピキュリアンでコスモポリタン。ひとところにじっとしていられない様といったら、まるで泳ぎつづけていなければ死んでしまう魚のよう。

マーメイド嬢が先にユメミを生み、半年遅れて、キャスター嬢がナルミを生んだ。

ユメミは文句なしに可愛かった。くりくりとした瞳がマナセによく似た、いとも健康な赤ん坊だった。それにくらべて、ナルミちゃんは……手がかかった。生まれてすぐ保育器にはいらなくてはならず、何度も入退院をくりかえした。長くは生きられない子なのかもしれないと思われた。

マナセは、自分を子煩悩だと思っていた。もちろん、ユメミを大好きだった。ユメミは、いかにも可愛らしい望ましい赤ん坊だったから、自慢でたまらなかった。正式に結婚した相手の子かどうかなど、どうでもよいのだった。どこにでも連れて行って、あうひとごとに見せびらかした。

はじめの子がそうだったので、次に生まれてくる子にも、期待が大きかった。それだけに、ナルミちゃんに当惑し、呆然とした。失望した。そして、その感情を、隠すことができなかった。

この子、なんかへん。あんまり、かわいくない。ブスだね。誰に似たの。俺じゃないよね。ひょっとして、うちの奥さん、整形だったのかな?

隠す気持ちなんて毛頭ないから、ユメミとその母親である女性ダイバーの存在は最初から公認で、法のさだめるところの正式な妻である元キャスター嬢にも知られていた。かの妻が問い詰めると、なんら罪悪感がない(それどころか、むしろナルミとその母親のほうに、かすかな嫌悪や疑いや不信感すら抱きつつある)マナセは平気で、肯定した。うん。そうなんだ。そういう子がいるんだ。あいたい? じゃ、こんど連れてくるね!

ユメミは純白のふわふわのおくるみで登場した。可愛いでしょう。仲良くできるかな。

ユメミが一歳になるころに、マーメイド嬢はオーストラリアへ移住をしたいと言いだした。仕事のオファーがあり、とても良い話で、逃がしたくないと。実のところ、ユメミを(ナルミではなく)手元におきたくなったマナセが、そうなるよう手をまわしたのだった。自分から提案するのではなく、彼女のほうから懇願するように、知らん顔で裏で画策したのである。

ふうん、オーストラリアか。いいんじゃない。きみにはぴったりだよ。でも、じゃあ、ユメミは、どうするの? 良かったら、うちで預からせて。マナセは言った。だって、あんなちっちゃな子をかかえてたら、きみが困るでしょ? 自由に仕事だってできないし、足手まといになるもんね。ぼくだって、ユメミに会えなくなるのいやだし。心配だから。おいていったらどうかな。ね、そうしなよ。大丈夫。ちゃんと面倒みるから。なに不自由させないし。きみだって、いつでも、好きな時に会いに戻ってくればいいし。

ひとりっこで育てるより、きょうだいがいるほうがこどもにとってもいいかもしれないよ。たった半年しかちがわないんだもの。ほとんど双子みたいなものだし。ナルミちゃんと、ユメミと、ふたりを姉妹として育てればいい。うちの奥さんはいいおかあさんになるさ。とってもこども好きだしね。

 

こうしてユメミはマナセにひきとられた。

ちっちゃな女の子たちが、それから数年、どうしていたか、どんな暮らしをして、どんな関係だったのか。詳しいところは、もう誰にもわからない。説明できない。家庭という閉鎖空間に隠されてしまった。

ナルミの生みの母である元キャスター嬢が住まいであった豪華マンションのベランダから飛び下りたのは、姉妹が四歳と三歳半になったときのこと。

遺書はなかった。

彼女がなにを悩んだのか、どうしてそんな決断をしたのか、誰も知らない。説明できない。わからない。ほんとうのところ、ほんとうに自殺だったのかどうかも疑わしい。

マナセはすぐにマーメイド嬢を呼び戻した。プロポーズした。これからは四人でやっていこう、仲良く楽しく幸福に暮らそう! 

うまくいかなかった。人魚には陸の暮らしは窮屈すぎた。夫婦は喧嘩と諍いとあてこすりに明け暮れた。

家は、ちっとも素敵じゃない。

居たいところではなくなってしまった。

だから、いられない。辛抱ということをすることが苦手なマナセは、あっという間に自宅に居つかなくなった。家族に興味をうしなって、帰ってこなくなった。

ママのほうももともと天下の変わり者、自由人、誰かの犠牲になるのなんかまっぴらごめんだ。気のむくままに出かけた。対抗するように、何日も留守にした。

どちらも、小さな娘たちをほったらかすなんてひどいことだと思うし、無責任だと思うし、誰かがなんとかするべきだし、しなくてはならないだろうと思うけれど、その誰かはまさか自分ではないのだった。自分には無理なことなので、周囲が、そして、相手のほうこそが、なんとかしてくれるだろう。

ふたりにはとりまきがたくさんあった。男や女が解決しよう手伝おうと多数名乗りでた。少なくない人数だったし、良いひともたくさんあった。でも、特別なこどもを他人に預けるのはマナセには気がすすまないことだった。駆け引きの材料にされるのはごめんだし、金で雇うシッターにはまして抵抗があった。

そしてマナセは、思い出した。

姉のことを。

何十人ものきょうだいしまいの中に、ちょっと変わったのがいた、ということを。

比較的年齢が近く、幼いころにはかすかな交流もあった。けっこう気があうほうだった。そんなにきらいな相手ではなかった。

母ちがいの姉の名は、ヒロ。

ヒロが暮らしているのは、ボンデージとか菩提寺とかなんとかいう、カルトな宗教団体みたいなところで、ヒロもヒロの母親も、そこで、“ひめ”とかなんとかいうものをやっている、と、マナセはうっすら知っていた。

なんかいかがわしい世間体のよくない話だ、と思っていた。自分の得にならないことには興味をもたない性分なので、くわしいことはあまり知らなかった。

だが、どんな思想だろうと、同じ考えをもったおおぜいが共同生活をしているようなところなら――たとえば、モルモン教の町とかアーミッシュの村とかエホバの証人のかたがたとか、そういう感じなら――そこは、排他的で閉鎖的だろう。

この世の俗世とは利害関係とか因果応報とかがいろいろとちがった場所だろう。

ふうん。

マナセは思った。

憂き世離れしてる。

それ、いっそ、いいかもしれない。

なにかを熱心に信じてるひとたちならば、穢れなきこどもたちを(ひとりは超可愛いけど、もうひとりはちょっと問題がある)を、快く預かってくれるかもしれない。

よろこんで、育てくれるんじゃないかな。

幸い、どっちも女の子だから。

ナルミも。ユメミも。娘だから。

いずれ、そこの名物?だかなんだからしい、“ひめ”ってやつに、なれるんじゃない?

(それが修道女さんみたいなものなのか、巫女さんみたいなものなのか、花魁みたいなものなのか、よくわからないけど)

女の子なら、欲しがってくれるんじゃない? 

人間、欲しがってもらえるのがいちばんだよ。

 

「そうして、あの子たちが、ウチに連れてこられたの」

 ヒロさんは遠いどこかに目をむけたのだった。

 レイラに、その話をした、あの夜。

「小さなふたりの女の子たちは、ある日突然、菩提樹につれてこられた。わたしたちは驚いたけれど、こばみはしなかった。どうしたらいいか、話し合った」

 わたしは“ひめ”であることをやめて……卒業して……彼女たちのママさんになることにしたの、と、ヒロさんは言った。

 そういう役めの女が必要なときは、ほかの女たちが、以前に、そうしてとおりに。

 あれが、いまから何年前になるだろう。

 ナルミが四つ、ユメミが三歳半だった。

 今日からわたしがママよ。

 そう言うと、あの子たちは、はい、と、お返事をした。はい、ママ! 。

 そうして、一度もこどもを生んだことのないわたしがふたりの娘のママになった。

 ほんとうは叔母だけど。

 ママになった。

 

 でも。

 レイラは思う。

 ユメミは幽霊だ。 

 死んだこども。

 レイラにとっては、出会ったはじめからずっとそうだった。

「……どうして……」

 どうしてあの子は死んでしまったの? 

 あんなに若いときに?

 言えなかった問いを、ヒロさんのこころがしっかりと聞きつけたらしかった。

「ある日、ナルミが言ったのよ。『わたしのほんとうのおかあさんは、あんたのせいで死んだんだ、ユメミなんか大嫌い。死んじゃえ』って」

 きっかけ? なんだったのか、もうおぼえていない。どうせ、つまらない、どうでもいいことだった。ありがちなきょうだいげんか。持ち物のとりあい。順番のあらそい。まさかっていうぐらい、小さなこと。

そんなことで、誰かがほんとうに死ぬかもしれないなんて、誰も思わないようなこと。

 

もともと、ふつうの家庭じゃなかった。

ヒロさんの家。預けられたこどもたち。ほかはみんな現役の“ひめ”のこどもだったけれど、ユメミとナルミはそうじゃなかったでしょう?

菩提樹は“ひめ”の世界。それなのに、あのふたりは“ひめ”でもないし、“ひめ”のこどもでもなかった。部外者みたいだった。

しかも、母親からも父親からも、捨てられた。

存在不安?

愛とか承認とか称賛とか、安心とか。居場所とか。

ほんとうは、すごく、すごく、欲しかったんだろうと思う。

ユメミは特にね。

マナセは、ほら、助けにならなかったから。むしろ、害になった。それまでずっと、おとうさんに、特別ひいきされてきたでしょう? 彼が突然、飽きるまでは。

愛情を注がれるのに慣れていた。土砂降りだった。なのに、それがいきなり干上がった。すっからかんになくなった。

それまで確かだと信じていた地面が、土台から取っ払われたようなものよ。

ぜったい動かない岩だと思うものが、くだけちったようなものよ。

真名瀬はバカでガキでジコチュウだから、そういう自分に、疑問を持ってない。誰にでも好かれると思い込んでいて、自分のすることがひとを傷つける可能性なんてこれっぽっちも感じない。

平気で、あいにきたわよ。あいかわらず、ユメミのほうだけ、かまいたくてね。

ユメミはきれいだな、ほんとうに可愛いな、パパはおまえが大好きだよって。誕生日にも、クリスマスにも、ぜんぜんそういうのに関係ない日にも。プレゼントをどさどさ持ってきた。ある日とつぜん、突発的におもいたって、送って寄越した。

居合わせる他のみんなにも気前よくなんでもくれたけど、ユメミにだけ特別、特に素敵なものや、高価なものや、かんたんには手にはいらないようなものを、くれた。

それが愛情ででもあるかのように。

それがあかしででもあるかのように。

いってみれば、典型的な家庭内暴力男みたいなものよ。うんとひどい目にあわせて思いきり傷つけるけれど、すぐに、ごめんごめんて謝る。掌をかえすように、今度は、とことん、優しくする。こういうひとには、中庸ってことがない。いつも勝手で、衝動的で、両極端。

自分の娘である姉妹ふたりに極端な差をつけてイジワルすることそのものを、あいつは、おもしろがって、喜んでいたんだと思う。ナルミちゃんの人格をなめてかかって、差別される苦しみを感じることができるほど知能があるとは思っていなかったのかもしれない。自分が娘たちに大きな影響力を持っていることを楽しんだし、娘たちが喜んだり、悲しんだり、自分の気分のままに翻弄されるさまを味わって満足した。

自分を愛さずにいられない子にしたかった。

必要とせずにいられない子に、したがった。

「ほらごらん、見てみろ、ナルミ。どうだ、これ。いいだろう。欲しいだろう。持ってみていいぞ。どうだ……おお、好きか? 欲しいか? そうかそうか。……すまんな。きみには悪いが、これはユメミのものなんだよ」

 ってなことを、やりたがるのよ。

ナルミはああいう子だけれど、いじわるされて、わからないわけがない。

おとうさんはナルミがきらいなの。おねえちゃんのことだけ好きなの。ナルミなんかいないほうがいい。いらない。

泣いて、癇癪をおこして、くやしがって、ユメミをぶったりたたいたりした。

ユメミはされるがままだった。

どちらも辛かったんだろうと思う。

姉妹なのに、引き裂かれていた。正反対の方向に。

マナセという強い重力に、ひっぱりまわされた。

ユメミは平気そうにしていた。いろんなことを顔にださなかった。ナルミのほうがなんにも隠せなかったのと対照的に。

黙って耐えていたから、問題があるとは思わなかった。ひどいおふざけだとは思ったけど、こどもたちも平気そうにしているから、なんともないのねと思っていた。

いいえ。

うすうすは、わかっていた。

でも、めんどくさかったの。

わたしだって若かったし、子育ては未経験だった。ちっちゃな女の子たち仲違いぐらい、どうってことないと思っていた。ほっといたって大丈夫、ほんとうは仲良しなんだし、血縁で、どうせ一生離れられないんだから、って。

知らないふりをしていた。

見ずにすむものなら、見えないほうがらくだから。

手をうたずにすむなら、そのほうが都合がよかったから。

そうして、ユメミは追い詰められた。そして、いつか、疲れきってしまったのね。

「死んじゃえ」っていわれたら、それを、救いだと思うほどに。

 

「わたしのほんとうのおかあさんは、あんたのせいで死んだんだ、ユメミなんか大嫌い。死んじゃえ」

 ナルミがいうと。

「わかった」

 ユメミはすっ、と顔色を消した。

 それから、ナルミに抱きついて、その頬にくちづけをしたという。

「じゃあ、そうする」

 そうして、階段をのぼっていった。二度とおりてくることのない階段を。

 のぼった。

 どんどん。どこまでも。

 あの子は、そうして、

 出ていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

                   

 

                                                                                                   MAHANE

 

 

 

 車は湖の横を走っている。星海湖だ。残念ながら、道からは湖面はほとんど見えない。

 これはむかしながらの街道で、小さな個人商店がいまも軒をつらねている。コンビニ。道の駅。自動車修理工場。立ち寄り温泉の案内。おやきの看板。おつけものの看板。地元の銘柄のお酒の看板。

 生まれてからこのかた、毎日のように通った道。もう何百何千回と通ったことがある。目になじんだ、よく知った光景。いつものありがちの見慣れた風景。

 でも、

 ちがう。

 眺める自分のほうがちがう。

 だから、景色も、たったいままでそうだと思っていたのと、ぜんぜん違ってしまう。

 ここは、どこ?

 ここは、どんな町?

 

わたしはアキコだった。

赤ん坊のアキコだった。

ねえやのナルミちゃんにいつも抱っこされて、めそめそ泣いて、世話をやいてもらうばかりの、あの持て余しものの赤ん坊。

それが、わたし。

しかも

サヨラの子、

そして,

マナセの子。

 

 

ユメミはヒロさんをママって呼んでいたけれど、実はほんとうはマナセの娘で、だからわたしからするとやはり姉だ。レイラとつながってないほうの半分でつながってる姉だ。ナルミちゃんもそうだ。ずっとめんどうみてくれていたっていう、あのひとが!

なんと、わたしには母親兼用の姉も幽霊の姉もいる。

養い親がいるだけで、天涯孤独のつもりだったのに!

なんかもう、あまりにもいろいろすぎて、ぐるぐるする。

けど、

ひとつだけ。

ずっと前からわかってたような気がするのは。「やっぱり」ってひとことを、つい言いたくなるのは。

ちょーわがままで、迷惑で、なのに会うひとことことごとく魅了しちゃう美形? それって、まるで大好きだったあのオンラインゲームの敵キャラみたいだ。

暗黒界のプリンス、吸血鬼男爵。とびきりのイケメン声ですっとんきょうなことばっか言う。それが嬉しくて、おかしくて、また聞きたくて。何度も何度も戦った。どうせ本気に相手にしてもらえなくて、たまに本気になられると一撃でやられちゃうのに。からかわれて、もてあそばれて、ぜったい勝てっこないのに。何度も何度も。

彼は、炎だ。

炎をあやつるモンスター。

燃え上がる城が見える。襲撃される菩提樹が見える。

うっとりとそれをみつめている、怪物……?

「……顔に火傷の痕がある男……!」

 思わずつぶやく。口に出した。

 父と母が――ポチとレイラが――こちらを向く。

「なんですって?」

「噂があった。なんか怪しい男が最近町をうろついてるって話を聞いたの。どっち側だったかな、半分だけだとすごい美形なのに、ふりむいたらホラーだって」

 家族三人は顔を見合わせた。